新型コロナウイルス感染症回復者における血中抗体プロファイリング

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※ 本レポートに掲載した解析結果の生データの公開を始めました(2022年11月18日)。 ご自由にダウンロードしていただき、ご活用ください。

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背景と概要

 2019年12月、中国・武漢市において最初の新型コロナウイルス感染症(COVID-19)が報告されてから、間もなく2年が経過します。COVID-19は、感染力の強い新型コロナウイルス変異株の出現を伴いながら、世界規模の大流行を引き起こしました。ここにきて我が国では収束の兆しがあるものの、世界的にみれば、まだ感染拡大の歯止めはかかったとはいえない状況です。

 COVID-19が猛威を振るう中、その克服に向けた治療薬や予防薬の研究開発が、国内外において急ピッチで進められてきました。その有効な選択肢の一つが、ウイルスの感染や増殖を防ぐ能力を持つ「中和抗体」をベースとした抗体製剤です。海外発の抗体医薬品の一部はすでに実用化されています(解説1参照)。これらの抗体はいずれも、新型コロナウイルススパイクタンパク質(Sタンパク質)の受容体結合ドメイン(RBD)を標的としています。COVID-19あるいは新型コロナウイルスの近縁ウイルスを原因とする重症急性呼吸器症候群 (SARS) から回復した患者の血液に含まれる抗体産生細胞 (B細胞) から取り出した抗体遺伝子をもとに作られたIgG型の遺伝子組換え抗体です。一部の変異株においては、回復者やワクチン接種者が獲得した中和抗体から逃避するというデータが報告されていますが、2種類以上の抗体を同時に適用することにより、広範な変異株に対する効果を狙った抗体カクテル療法が効果を上げています。

 福島医薬品関連産業支援拠点化事業(福島事業)では、昨年の2月より、COVID-19に対する研究開発に取り組んできました。新型コロナウイルスに対する抗体の遺伝子を取得するため、新型コロナウイルスに感染し、その後回復された患者の方を対象に、血液提供ボランティアを募集しました。そして本年4月、それらの血液から18種類の中和抗体とその遺伝子を取得することに成功したことを、福島県立医科大学より発表しました。感染者由来の中和抗体や感染増強抗体取得の報告は、慶應義塾大学、広島大学、富山大学、大阪大学、熊本大学など複数のグループから相次いでいますが、福島事業の成果の最大の特長は、取得した中和抗体の中にIgA型の抗体を含んでいることです(解説2参照)。そしてこのIgA型抗体について、医薬品としての開発を目指しています。これまでに承認されている抗体医薬品はすべてIgG型の抗体によるものです。IgA型抗体による医薬品が正式に承認されれば、世界初となります。

 新型コロナウイルスに対する抗体の遺伝子を取得する上で、福島事業では、独自開発した「タンパク質マイクロアレイシステム」を活用しています。福島事業のタンパク質マイクロアレイには、200種類を超える新型コロナウイルスの抗原サンプルがスポットされています。Sタンパク質は全長の組換えタンパク質だけでなく、S1、S2といったサブユニット単位、RBDのみからなるフラグメント単位の抗原も含まれます。また、従来株にくわえ、アルファ、ベータ、ガンマ、デルタなど様々な変異株に対応する抗原も含まれます。新型コロナウイルス以外のコロナウイルス属ウイルスの抗原も数多くスポットされています。SARSコロナウイルスやMERS(中東呼吸器症候群)コロナウイルスをはじめ、一般的な風邪の原因となるコロナウイルス、ウシやニワトリなどヒト以外の動物に感染するコロナウイルスの抗原です。COVID-19回復者の血液をこれらの抗原に反応させることで、感染によって新型コロナウイルスに対する抗体は作られたのか、作られているとすればどのような抗原に反応する抗体が含まれるのか、また取得した抗体遺伝子から作り出した抗体が目的に見合う抗原に反応するのか、といったことを同じシステムで評価することができます。それだけでなく、このタンパク質マイクロアレイには、コロナウイルス以外の病原微生物、腸内細菌、アレルゲンなどの外来抗原、そしてヒトのタンパク質(自己抗原)を含め、あわせて1万2千種類ほどの抗原サンプルもスポットされています。したがって、このタンパク質マイクロアレイを使うことによって、COVID-19回復者の血液に含まれる抗体の種類を、多種多様な抗原に対して、一度にかつ網羅的に調べることができます。

 本レポートでは、これまでに福島事業で取得したCOVID-19回復者における血液中の抗体プロファイリングの結果を公開いたします。COVID-19流行前に採血した健常者(非感染者)の結果も併記しておりますので、比較対照としてご参照ください。

検体について

 COVID-19から回復された患者の方を対象に、福島県と東京都で血液提供ボランティアを募集したところ、20代から70代までの男性43名、女性41名、計84名の方にご協力いただき、採血を行うことができました(図1)。また、COVID-19流行前健常者の血液検体は、海外から調達しました。そのため、回復者と健常者の比較は、人種の違いを含む比較となります。

COVID-19から回復された血液提供者の内訳

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図1 血液を提供していただいたCOVID-19回復者の内訳

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検体情報(回復者と流行前健常者) Excel

結果と考察

 COVID-19回復者84名とCOVID-19流行前に採血した健常者26名について、まず新型コロナウイルス抗原群に対する血中抗体プロファイルを比較しました(図2)。COVID-19回復者のほとんどの症例で新型コロナウイルス抗原に対する抗体反応が認められましたが、流行前健常者群では認められませんでした(図2a)。このことから、新型コロナウイルスの感染によって、そのウイルスに対する抗体が作られたことが分かります。抗体のクラスごとには、IgGが最も多くの症例で陽性を示しましたが、症例によって反応の強さと反応する抗原のパターンには多様性があり、反応がほとんど認められない症例もあれば、広範囲の抗原に対する抗体を持っている症例もありました。また「男性」「高齢」の検体で、反応が強い傾向も見られました。他方、IgMの陽性率は全体的に低い傾向にありました。教科書的には、感染早期にまずIgMが応答し、その後IgGやIgAへのクラススイッチが起きるとされています。したがって、IgGやIgAはIgMよりやや遅れて出現し、IgMは短期間で消失します。ボランティアによる採血は感染からある程度の日数が経過した段階で実施しています。全体的なIgM陽性率の低さはそれが理由であると考えられますが、感染後に経過した日数は症例によって異なりますので、IgMの反応が強い人はその日数が比較的短く、逆に反応が弱い人は感染から長期間経ったことで血中濃度が下がっていると推測されます。IgAに注目すると、とくにRBDに対する抗体に個人差が認められました。RBDに対するIgGがほぼすべての症例で認められた一方、IgAを持っている人は限られました。またIgAでは、S1サブユニットのRBD以外の領域(N末端側領域)やS2サブユニットに対する反応に比べ、RBDへの反応が少ない傾向にありました。くわえて「高齢」の検体について、反応が強い傾向も見られました(図2b)。

a) 症例別

b) クラス別

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図2 COVID-19回復者における新型コロナウイルス抗原群に対する血中抗体プロファイル

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COVID-19回復者の血中抗体プロファイル (対新型コロナウイルス抗原群) CSV
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 次に、SARS、MERSといったCOVID-19以外の重症肺炎や、広く蔓延する風邪の病原体となっている各種のヒト感染性コロナウイルスの抗原群に対する血中抗体プロファイルを、回復者や流行前健常者の間で比較しました(図3)。風邪コロナウイルスに対する抗体は健常者でも検出され、COVID-19回復者との差は認められませんでした(図3a)。しかし、風邪コロナウイルスに対するIgMの反応はほぼ検出されていません(図3b)。これは、すべての症例で風邪コロナウイルスの感染時期が古く、IgMからIgGまたはIgAに完全にクラススイッチしたためだと考えられます。

a) 症例別

b) クラス別

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図3 COVID-19回復者におけるコロナウイルス関連抗原群に対する血中抗体プロファイル

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COVID-19回復者の血中抗体プロファイル(対コロナウイルス関連抗原群) CSV
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 続いて、コロナウイルス以外の様々な病原微生物や常在細菌、アレルゲンなど、いわゆる外来抗原群に対する血中抗体プロファイルを比較しました(図4)。その結果、新型コロナウイルス抗原に対しては、回復者群と健常者群の間で明確な差が認められた一方、それ以外の抗原については、一目で分かるような特徴的な差は認められませんでした。

a) 症例別

b) クラス別

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図4 COVID-19回復者における外来抗原群に対する血中抗体プロファイル

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COVID-19回復者の血中抗体プロファイル (対外来抗原群、陽性抗原のみ抜粋) CSV
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 最後に、ヒトのタンパク質、すなわち自己抗原群に対する血中抗体プロファイルについて調べました(図5)。新型コロナウイルスに対する抗体が感染の防御に働く一方で、COVID-19患者では自己抗体の活性が検出されたという報告が相次いでいます。COVID-19は、高齢者や糖尿病などの基礎疾患を持っている人ほど重症化しやすいことが分かっています。また、COVID-19から回復した人の一部は、ロングCOVIDと呼ばれる慢性的な後遺症に悩まされています。これらの原因やリスク因子として、自己抗体の存在が疑われています(解説3参照)。詳しいメカニズムはまだ明らかになっていませんが、新型コロナウイルスに感染する以前に、何らかの感染に応答した免疫系によって意図せずに産生され潜んでいた自己抗体が、免疫細胞を誤って攻撃していると考えられています。COVID-19回復者の自己抗原に対する血中抗体プロファイルを確認すると、症例ごとに特異的な反応が検出された抗原もあれば、複数の症例で共通のものや、ほぼすべての症例で共通の反応が認められる抗原が存在することが分かりました。また回復者と健常者の間で、自己抗体の保有率に差が見られる特定の抗原も存在していました。

a) 症例別

b) クラス別

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図5 COVID-19回復者における血中自己抗体プロファイル

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COVID-19回復者の血中抗体プロファイル(対自己抗原群、陽性抗原のみ抜粋) CSV
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今後の展開

 福島事業で独自開発した「タンパク質マイクロアレイシステム」を用いて、COVID-19回復者の血液中に含まれる抗体を解析することにより、新型コロナウイルスに対する抗体だけでなく、さまざまな外来抗原、自己抗原に対する抗体のプロファイルにおける個人差の存在を明らかにすることができました。注目する抗原のみならず、多種多様な抗原に対する液性免疫の状態を、一網打尽に捉えることができるのが、このシステムの特長です。世の中では、新型コロナウイルスに対するmRNAワクチンの接種が進んでいます。タンパク質マイクロアレイシステムを使えば、ワクチンの成分である野生株のSタンパク質だけでなく、変異株のSタンパク質やそれ以外のウイルス抗原、微生物抗原、アレルゲン、自己抗原などに対する液性免疫の状態変化を、一度にかつ網羅的にモニタリングすることができます。ワクチンの接種前後による違い、ワクチン接種後の副反応発症の有無による違い、ワクチン接種者と自然感染者との違いなどを比較解析すれば、ワクチンの効果を評価するための、有用で客観的なデータの蓄積にも繋がると考えられます。また、COVID-19以外の感染症にも応用が可能なシステムです。毎年世界中で流行を繰り返すインフルエンザをはじめ、今後起きうるであろう新たな感染症に対しても、タンパク質マイクロアレイシステムの活用が期待されます。

解説

(1) 新型コロナウイルスに対する中和抗体をベースとした抗体医薬の開発承認状況
 米国では、米リジェネロンが開発した2種類の中和モノクローナル抗体(カシリビマブ・イムデビマブ)を組み合わせた抗体カクテル療法をはじめ、米イーライリリーが開発した抗体併用療法(バムラニビマブ・エテセビマブ)、英グラクソ・スミスクラインと米ヴィア・バイオテクノロジーが共同開発したソトロビマブが、重症化リスクの高い軽症のCOVID-19患者の治療薬として認可されています。また英アストラゼネカが、同社が開発した抗体カクテル(シルガビマブ・チクサジェビマブ)の緊急使用許可を申請中です。カシリビマブ・イムデビマブの抗体カクテル療法とソトロビマブについては、我が国でも特例承認されています。韓国セルトリオンが開発したレグダンビマブについては、欧州医薬品庁による承認が見込まれています。独ベーリンガーインゲルハイムは、吸入投与によって肺への直接送達が可能なBI 767551を開発し、臨床試験の段階まで進んでいます。

(2) ヒトの抗体のクラス
 ヒトの抗体には、IgG、IgM、IgA、IgD、IgEの5つのクラスが存在します。福島事業では、ウイルスや細菌など病原体の体内への侵入経路となる粘膜や、侵入後の免疫応答に深く関わるIgG、IgM、IgAに注目して、研究開発を行ってきました。IgGは血液中に最も多く存在する抗体で、体内に侵入してきたウイルスや細菌などの病原体と結合して、それらの働きを抑制します。IgMはウイルスや細菌に感染した際に最初に作られる抗体で、五量体を形成しています。IgAは血液中では単量体であるものの、気道や腸管などの粘膜表面や分娩後の初乳中に二量体として多く分泌され、ウイルスや細菌などの病原体が体内に侵入するのを防ぐ役割を担っています。IgMやIgAは多量体を形成しているため、単量体であるIgGよりも効果的に病原体と結合することが期待できます。本年6月にNature誌で発表された報告では、新型コロナウイルスに対して中和活性を持つIgG抗体の可変領域をIgMやIgAの定常領域と組み合わせたハイブリッドな抗体を作製したところ、元のIgG抗体よりもウイルスの感染阻害効率が上がり、変異株に対する中和能を獲得したIgM抗体が取れています。この報告ではさらに、マウスを使った動物実験において、IgM抗体の鼻腔内投与の有効性を示しています。

(3) COVID-19の重症化における自己抗体の関与
 米ロックフェラー大学などの国際共同研究チームは、COVID-19による死亡例や高齢の最重症例において、I型インターフェロン(I型IFN)に対する抗体の保有頻度が非常に高いことを見つけました*1。その報告によると、I型IFNに対する自己抗体が軽度や無症状の患者に認められない一方で重症患者の約1割には認められ、高齢者ほどその保有率が高くなっていました。他方、米エール大学などのグループは、軽度あるいは無症状のCOVID-19患者と医療従事者における細胞外および分泌タンパク質(エクソプロテオーム)に対する自己抗体を検出し、COVID-19患者では非感染者と比べて自己抗体の反応性が上昇し、とくに免疫調節タンパク質に対する自己抗体の保有率が高いことを明らかにしています*2。それらの標的タンパク質に対する抗体を新型コロナウイルス感染マウスモデルに投与したところ、疾患の重症度が上昇することも見出しました。すなわち、自己抗体が疾患を増強する役割を果たしていることを示しています。

*1 P. Bastard et al., Autoantibodies against type I IFNs in patients with life-threatening COVID-19. Science 370, eabd4585 (2020).
*2 E. Y. Wang et al., Diverse functional autoantibodies in patients with COVID-19. Nature 595, 283-288 (2021).

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